〓 ブログを引っ越しました 〓

『そよ風の吹く、はらっぱ』
【新URL】 http://forest6pixy.blog.fc2.com/

2006年04月10日

再会(忘れ物を見つけに…#5−終)

忘れ物を見つけに…#5−終  〜私がフルマラソンを始めたきっかけ〜

私はゴールに向けて最後の力を振り絞りながら、
昔、職場の先輩に言われたことを思い出しました。
「○○君てさぁ、周りにどう評価されようが気にしてないでしょ?
 無理に良く思われようとしてないというか。まあ、それが良いトコなんだけどね。」

実際はそれを気にしすぎて動けない事が多いのに、周囲からはそう思われない自分。
でも、そう言われても仕方ない行動をしてたような気がする。

私は、自分なりのやり方で目標を達成していくのが好きでした。
(もちろん、自分が“良い”と思ったものは、積極的に取り入れますが…)
他人が何を言おうとも、「俺は変わってるから…」とかわし、
たとえ失敗しても、「ダメなところを直せばいいだけだから」と楽観的に考える。
周囲に不安視されても、それなりに結果が出せていて、それが自信になっていた。
それは“根拠の無い自信”だったけど、これが積極性につながっていた。

しかし、どんなに頑張っても周囲から評価されないことをしなければならなくなってから、
状況が一変する。それが大切なものを守るためであっても、自分には何も残らない…。
悔しさで心がいっぱいになる。
そういう環境に長い間身を置きすぎて、その感覚を忘れていた。
「そうだ。そうだったね…。」
その時、懐かしい自分に久しぶりに会えた気がした。

そして、ゴールに辿り着く。タイムは、3時間55分14秒。
あきらめかけたサブフォー(4時間以内で完走)達成!!
「奇跡のようだ」と思った。
芝生の上に寝転がって、青空を見上げながら、私は幸福感に浸っていた。
「こんな気持ちになったの、何年ぶりだろう…」

そして、私は今年も“長野マラソン”を走る。
あの時の感動を思い出すために。
そして、もう二度と大事なものを忘れてしまわないように。(終)

にほんブログ村 その他スポーツブログ ジョギング・マラソンへ
私を精神的に復活させてくれた“長野マラソン”は、もうすぐ☆

忘れ物を見つけに… [#1] [#2]  [#3] [#4]  [#5]



posted by 廉 at 22:00| Comment(0) | マラソン:手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月11日

応援の力(忘れ物を見つけに…#4)

忘れ物を見つけに…#4 〜私がフルマラソンを始めたきっかけ〜

もうすぐ38km地点。
そこを過ぎると堤防道路を離れ、一般道路へ戻る。
私は、鉛のように重く、棒のようになった足を必死に前へ動かしていた。
「早くこの辛さから逃れたい」
そうとしか考えられなくなっていた。

すると、「あの人、頑張ってるよ!」という声が聞こえた。
顔を上げると、堤防道路の右側に10数名の人達が立っていた。
家族・親戚が集まって誰かを応援してるように見えた。
その視線が、私の方を向いている。
「誰か知ってる人が、私のそばにいるのかな?」と思い、辺りを見回す。
でも、誰もいない。
そのとき、あの言葉は私に対してのものだと気づく。信じられなかった。

その人達の前を通ったとき、「頑張ってー!!」の大声援を受けた。
思わず笑顔になる。本当に、本当に嬉しかった。
「どうして、見ず知らずの私を、ここまで応援してくれるのだろう」
そう考えると、私は涙が抑えられなくなった。

その後もあたたかい声援が続く。
「あともう少しです。頑張ってください!」
「ここからなら、歩いたって完走できるよ!」
そのうちに、私は、“タイムがどう”とか“完走できなきゃ無意味”とか、
“意地”とか“プライド”とか、そんな事はどうでもよくなってきました。
「応援してくれる人達の為に走ろう。少しでも前へ。」

すると、体がフッと楽になった感じがしました。
自分にまとわりついていた重いモノから解き放たれ、
何かに背中を押してもらっているような不思議な感覚に包まれました。
その後、1km:7分40秒まで落ちたラップが、6分40秒まで回復。
これは、自分だけの力ではないような気がしました。

にほんブログ村 その他スポーツブログ ジョギング・マラソンへ
 そして、その先には…☆

忘れ物を見つけに… [#1] [#2]  [#3] [#4]  [#5]



posted by 廉 at 22:00| Comment(0) | マラソン:手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月12日

25kmの壁(忘れ物を見つけに…#3)

忘れ物を見つけに…#3 〜私がフルマラソンを始めたきっかけ〜

2004年4月11日。
私は、長野マラソンのスタートラインに立っていた。
大会2週間ちょっと前に整骨院の先生から「走ってもいい」と許可がおりる。
少しずつ距離を伸ばしていき、やっと16km走れるようになった段階。でも、
“完走できるか?”という不安より、“今”、ここにいることの嬉しさ”の方が勝っていた。

いよいよスタート!!
前半は、1km:5分くらいのペースで走れる。いい調子。
「このまま走り切れるんじゃない?」
そういう気持ちになる。

しかし、五輪大橋(20km付近)を越えた辺りから足が重くなり始める。
そして、ホワイトリング(25km付近)でペースが“ガクッ”と落ちる。
歩幅を狭くしピッチを上げてスピードを維持しようとする。
でも、それすら出来なくなっていく。足が思うように上がらない…。

千曲川沿いの堤防道路に差し掛かる。
そこで、“高低図には表記されない坂”に苦しめられる。
長野マラソンのコース図を見ると、善光寺と五輪大橋付近以外は平坦のはず。
しかし、そこには堤防道路特有のアップダウンがある。
土手の上り下り。小さな橋のたもとの、距離は10数mくらいだけど急な坂。
これが所々に現れて、わずかに残った足の力を蝕む。
10〜20km走るだけなら問題にならない坂だけど、
30km以上走って、上がらなくなってきた足には、これが堪える…。

「ツラクても頑張って走れば、そのうち楽になる」と聞いていたけど、辛さは増していくばかり。
“ゴールに辿り着けるんだろうか?”
そんな不安とともに、私はフルマラソンに挑戦した事を後悔し始めていた。
“ほらなぁ、やっぱり無理だったんだよ”
“大会に出たいなら、ハーフで十分じゃん”

しかし、後悔してもこの苦しさからは逃れられない。
私は、消極的な気持ちを打ち消すために、ある事を考えました。それは、
「フルマラソンは、これで最後にしよう」という事。
“もともと「1度だけの挑戦」って考えたから、近場ではなく長野まで来たはず”
“だから、悔いだけは残したくないだろ?”
“そのためには、止まっちゃダメだ、ダメだ、止まるな…”

走るスピードは、早歩きに近いところまで落ちていた。
自分を走らせていたエネルギーは、単に“意地”だけだった。

にほんブログ村 その他スポーツブログ ジョギング・マラソンへ
そして、堤防道路終端での出来事に繋がるんです☆

忘れ物を見つけに… [#1] [#2]  [#3] [#4]  [#5]



posted by 廉 at 13:38| Comment(0) | マラソン:手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。