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2006年04月12日

25kmの壁(忘れ物を見つけに…#3)

忘れ物を見つけに…#3 〜私がフルマラソンを始めたきっかけ〜

2004年4月11日。
私は、長野マラソンのスタートラインに立っていた。
大会2週間ちょっと前に整骨院の先生から「走ってもいい」と許可がおりる。
少しずつ距離を伸ばしていき、やっと16km走れるようになった段階。でも、
“完走できるか?”という不安より、“今”、ここにいることの嬉しさ”の方が勝っていた。

いよいよスタート!!
前半は、1km:5分くらいのペースで走れる。いい調子。
「このまま走り切れるんじゃない?」
そういう気持ちになる。

しかし、五輪大橋(20km付近)を越えた辺りから足が重くなり始める。
そして、ホワイトリング(25km付近)でペースが“ガクッ”と落ちる。
歩幅を狭くしピッチを上げてスピードを維持しようとする。
でも、それすら出来なくなっていく。足が思うように上がらない…。

千曲川沿いの堤防道路に差し掛かる。
そこで、“高低図には表記されない坂”に苦しめられる。
長野マラソンのコース図を見ると、善光寺と五輪大橋付近以外は平坦のはず。
しかし、そこには堤防道路特有のアップダウンがある。
土手の上り下り。小さな橋のたもとの、距離は10数mくらいだけど急な坂。
これが所々に現れて、わずかに残った足の力を蝕む。
10〜20km走るだけなら問題にならない坂だけど、
30km以上走って、上がらなくなってきた足には、これが堪える…。

「ツラクても頑張って走れば、そのうち楽になる」と聞いていたけど、辛さは増していくばかり。
“ゴールに辿り着けるんだろうか?”
そんな不安とともに、私はフルマラソンに挑戦した事を後悔し始めていた。
“ほらなぁ、やっぱり無理だったんだよ”
“大会に出たいなら、ハーフで十分じゃん”

しかし、後悔してもこの苦しさからは逃れられない。
私は、消極的な気持ちを打ち消すために、ある事を考えました。それは、
「フルマラソンは、これで最後にしよう」という事。
“もともと「1度だけの挑戦」って考えたから、近場ではなく長野まで来たはず”
“だから、悔いだけは残したくないだろ?”
“そのためには、止まっちゃダメだ、ダメだ、止まるな…”

走るスピードは、早歩きに近いところまで落ちていた。
自分を走らせていたエネルギーは、単に“意地”だけだった。

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そして、堤防道路終端での出来事に繋がるんです☆

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posted by 廉 at 13:38| Comment(0) | マラソン:手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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